小杉山歴史まち歩き 2018 

平成30年8月19日(日)、公民館事業のにしあいづ物語講座「小杉山歴史まち歩き」が行われました。

 

バス利用の事前申し込み者が僅かと聞いていたので、十数名程度と考えていたら、関係者含め34名と大盛況にびっくり。天気も良かったせいもあるのでしょうが、皆さんの関心の高さには敬意を表します。

また、担当の江田睦美さん、資料30部準備しており、さすがです。

 

 

案内人は、町歴史研究家の田崎敬修先生。そして小杉山の新井田大区長と私田崎宗作。

表面に見えるのが飯谷山。

慶長16年(1611)の大地震で崩落し、麓にあった大杉山村を一瞬にして埋没させてしまいました。

百数名が亡くなり、他に出ていた男女5名が生き残ったということです。

小杉山は、大杉山村の端村でした。

 

大杉山村慶長地震遭難者供養塔は、町の指定文化財です。

供養塔まで歩きます。

 

下の沢(したんさわ)を下り、階段を上ります。

 

供養塔は、現在村の観音堂の中に安置されています。

宝暦2年(1752)に遭難者供養のために小杉山村が建立しました。

地震から141年後ですが、小杉山村民が205日間にわたり遭難者を掘り起こし供養したそうです。

 

 

こちらは、飯谷神社。

「元祭り」と称する祭礼は旧暦の8月21日に毎年行っています。宮司さんに来てもらい、神社の祈祷を行ったあとに供養塔の方角に向き直り受難者供養の御祈祷をします。

 

神社を下りた畑で、田崎敬修先生から、大昔に沼沢湖が噴火した際の名残の軽石の説明を聞きました。

また、田んぼの向かいの山並みから、現在の地形にいたる過程の歴史の説明を受けました。

ここは、飯谷山の湧清水。

スーパー軟水で、ファンも多く、毎週会津若松から水を汲みに来る人がいます。

猫に飲ませると、毛玉がなくなるそうです。

干ばつの年には特に強く思いますが、人間にとって水は一番大切ですよね。

 

次は、

沼まで歩きます。

沼は白沼といいます。

飯谷山崩落後にできました。ここに大杉山村があったことを思うと神秘的です。

もの悲しい沼伝説を聞き、思いを馳せます。

 

この後、集会所に戻り、町指定文化財の「大杉山村水帳」を見ました。

今日の参加者である黒沢の渡部啓さんから差し入れのスイカをいただきながら、意見交換をしてお昼に閉会しました。

参加者の皆さんお疲れさんでした。

また、関係者の皆さんありがとうございました。